世界中に魅力的な刃物は多くあるが、その中でも日本刀は「折れず曲がらずよく斬れる」を実現している世界で唯一の刃物だと評されています。
なぜ日本刀だけが「折れず曲がらずよく斬れる」を実現できているのでしょうか?
世界の剣と日本刀を比較してみると、世界の剣が直線的な形をしているのに対して、日本刀だけは反っていることが分かります。
実はここに先ほどの疑問を解決する秘密があるのです。
今回は、奇跡の製法ともいえる日本刀の反りの秘密について迫っていきます。
日本刀の「折れず曲がらずよく斬れる」はなぜ実現できるのか?
「折れにくくて曲がらない。」武器として魅力的な言葉が並んでいますが、実はこれらは普通両立しません。
なぜなら、鉄は硬ければ硬いほど曲がりにくくなりますが折れやすくなりますし、逆に折れないように粘り気を上げると今度は曲がりやすくなってしまうからです。
この一見、不可能とも思える特性を、古来の日本の刀工は「材料の組み合わせ」と「冷却速度の制御」によって実現しました。それぞれ順番に見ていきましょう。
材料の組み合わせ
硬い皮鉄と軟らかい心鉄を組み合わせる
「折れず曲がらず」
この矛盾している特性を実現するために重要な方法の一つが材料の組み合わせです。
日本刀の制作では、刀の真ん中の心鉄(しんがね)にやわらかい鉄を使い、それを硬い皮鉄(かわがね)で包み込むことで1本の日本刀としていきます。

これは造りこみと呼ばれています。
硬さによる鋼の選別
さて、ではそもそも同じ玉鋼からどのようにして硬い鋼と軟らかい鋼を分類するのでしょうか。
鋼の硬さは炭素量に影響されます。炭素を多く含んでいれば硬くなりますし、炭素量が少なければ軟らかくなります。そこで、炭素量が多くて硬い部分は割れやすいという特性を利用して選別していきます。
まず、玉鋼を熱して厚さ数ミリの板状になるまで薄く打ち延ばします。その後、水に入れて急激に冷やすと炭素量が多い部分は自然に割れてしまいます。
さらに、その後小槌で鋼をたたいていき、割れる部分は炭素量が多くて硬いので皮鉄に、割れない部分は炭素量が少なくて柔らかいので心鉄にという風に選別してくのです。
繰り返し鍛錬の意義
その後、繰り返し鍛錬という工程を経て、鋼を鍛えていきます。鋼を熱しながらたたいて平たくした後、刻みを入れて折り返していくという工程を繰り返すのです。
この工程によって、刀のもろさとなる不純物を取り除くと共に炭素量を調節していきます。基本的には折り返し鍛錬によって炭素量は減少していきます。

こちらは炭素含有量0%、0.3%、0.6%、0.8%、1.0%の炭素含有量である炭素鋼を折り返し鍛錬した際の炭素量の変化を示しています。
0%の炭素鋼をのぞいて、繰り返し鍛錬の回数を重ねるごとに炭素量が定量的に減少していくことが分かります。
この性質を生かして古来の刀工は炭素量を調節していたのです。さらに繰り返し鍛錬をすすめることで鋼はどんどん層状になっていきます。
この層状の部分に着目すると、炭素量と硬度について次のような結果が得られました。

(Ⅲ)に示されているのが炭素量です。鋼の表面と折り返し部分で炭素量が減少していることが分かります。
続いて(Ⅳ)を見ると、ビッカース硬さと呼ばれる硬さを確認する実験結果が示されています。(Ⅲ)との強い相関関係が認められ炭素量が減っているところが柔らかくなっていることが分かります。
当時は正確に炭素量を計るなんて不可能ですし、ましてや作業中に正確に計測するなんて現代でも不可能です。当時の刀工は経験則から巧みに炭素量を調整して理想的な硬さを実現していたわけですね。正に神業だと言えるでしょう。
実際に出来上がった日本刀の硬さを確かめてみると以下のような結果が得られました。

図の左側が刃先で右側が棟です。刃先が硬く棟に近づくにつれて軟らかくなっていることが分かります。
日本刀は硬さの異なる「材料の組み合わせ」を巧みに利用して制作されていることが確認できますね。
では、続いて「折れず曲がらず」を実現するもう一つの要素「冷却速度の制御」について見ていきましょう。
焼き入れの工程で冷却速度を制御する
焼き入れとは?
先ほどの硬い皮鉄と軟らかい心鉄を組み合わる造りこみを行い、熱しながら叩いて伸ばし日本刀の形を作り終えたら、「焼き入れ」という工程を行います。
焼き入れでは約800℃に熱した日本刀を水に入れて急激に冷やすことで鉄の組織を変化させ日本刀に必要な特性を実現していきます。
温度変化による鋼の変化
鉄は温度によってその組織構造が変化します。
一般的には常温で炭素量0.765%以下の状態だとフェライト+パーライト、0.765%を超えるとパーライト+セメンタイトという構成になっています。フェライトは炭素をほとんど含まない軟らかく変形しやすい組織を持ちます。

続いて、鉄を熱していき727℃を超えるとオーステナイトと呼ばれる組織が現れ、これは最大2%まで炭素を含むことができ、常温では存在しません。
体心立方格子のためごくわずかしか炭素を溶かせないフェライトと異なり、オーステナイトは面心立方格子となっているため多量の炭素を溶かすことができます。
オーステナイトを冷やしていくとフェライトに変化する際に溶かすことのできない余分な炭素が追い出されセメンタイト(鉄の炭化物)として析出します。
そして、一方でこのオーステナイトが急激に冷えるとマルテンサイトと呼ばれる組織構造となります。先ほどと異なり、急激に冷やすため炭素がにげきることができずに過飽和に溶けた体心立方格子になるため格子がゆがんだ状態となり硬くなります。
この硬いというマルテンサイトの特性を生かして日本刀の刃先を作成していきたいのです。そこで必要となってくるのが、刃先だけ急激に冷やしてマルテンサイトとし、他はゆっくり冷やすという制御です。これはどのように実現されているのでしょうか。
冷却速度を制御する
日本刀の焼き入れを行う際には「焼刃土」と呼ばれる粘土や炭をまぜたものを刀身に塗ってから加熱して水に入れて冷却していきます。この焼き場土を硬くしたい刃先には薄く、他にはやや厚く塗ることで冷却速度をコントロールしているのです。

この土の置き方によって刃文の形も決まってきます。焼刃土を置いて焼き入れを行う工程は機能的にもデザイン的にも大きな意味を持つのです。
世界で唯一の日本刀の反りは何を意味しているのか?
冷却速度制御の副産物!?
単一の材料を使った刃物で反りがあるのは世界で唯一日本刀だけだと言われています。
なぜ、日本刀には反りが生まれるのでしょうか?実はこれも先ほどの焼き入れの工程によって生まれていると言われています。
これまで見てきた通り日本刀の刃側は急激に冷やされてマルテンサイトに変態しますが、棟側はパーライトやセメンタイト、フェライトといった構造となっており、マルテンサイトの比体積の方が大きいため棟側にそるのです。

この(a)ように日本刀の刃先側には焼刃土を薄く塗るので急激に冷やされマルテンサイト変態が生じ、その膨張によって(b)のように棟側に反りが発生するのです。日本刀固有の反りが生まれる理由がお分かりいただけたでしょうか。
ちなみに日本刀の反りの要因には諸説ありますが、マルテンサイト変態のないオーステナイトステンレス鋼製の日本刀模擬試験片を焼き入れしたところ反りが発生しなかったことから、マルテンサイト膨張説の妥当性は高いと言われています。
反りによる靭性の強化
そして、反りはただの焼き入れ時の副産物ではありません。刃先側の伸長は棟側によって拘束されることから刃先部は外側へ湾曲して刀身に反りをつけ、自ら大きな圧縮残留応力を持つことになります。
刀身全表面に圧縮残留応力が発生することで日本刀の靭性(金属が外力を受けたときの割れにくさや粘り強さを表す)が強化されるのです。
こちらの日本刀の圧縮残留応力を計測した実験結果を見て下さい。

切っ先から300mmの位置ではなぜか圧縮残留応力が低い結果となりましたが、それ以外では全体で刀身全表面が圧縮残留応力を示すことが確認されました。
この反りによる発生する圧縮残留応力も日本刀の「折れず曲がらず」を実現する大切な要素の一つなのです。
反りは切れ味も向上させる!?
そしてそして、なんと反りの効果はこれらにとどまりません。何と日本刀の切れ味にも貢献しているのです。
ものを切る際には、引ききりという動作を取り入れることで非常に物を切断しやすくなります。刀の切れ味については別記事で詳しく解説していますので気になる方はそちらも合わせてお読みください。
日本刀は反っていることで、直刀よりもこの引ききりを格段にやりやすい構造になっているのです。日本刀の世界一の切れ味には反りも役立っているのです。
さらに、実践的な観点から見ると、日本刀は反りがあることで鞘から素早く抜刀して斬りつけることができます。馬上での戦闘や侍同士の一騎打ちを考えると鞘から抜いたその瞬間の一振りで相手をしとめるというのが有効な戦略だったのではないでしょうか。
余談ですが、著者が好きな日本の剣客漫画「るろうに剣心」での主人公、剣心の奥義も鞘に納刀した状態から放つ抜刀術ですね。
昔の実在した侍も重要な場面では鞘から放つ強力な一撃で相手をしとめていたのでしょうか。
日本刀に詰め込まれた知恵や工夫は並大抵のものではありません。材料の組み合わせ、冷却速度の調整、そこで生まれる反りによる靭性の強化や切れ味の強化、反りと鞘を活かしての抜刀術など日本刀は正に奇跡の刃物だと言えるでしょう。
世界に類を見ない貴重な日本刀の世界を引き続き探求していきたいと思います。
参考文献
Naohiko Sasaki and Tadashi Momono(2007). Changes in Carbon Content of Materials of the Japanese Sword under Traditional Forging Process
Hideo Hoshi and Minoru sasaki (2007). Metallurgical Research on Japanese Swords – Focusing on Swords for Practical Use –
Kyozo Arimoto(2017). Changes in Research on the Curvature Phenomenon of Japanese Swords
Takuya Oba(2019). Metal Crystallography from Viewpoint of Tatara
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